アクセサリーパール
パールは、世代を問わずあらゆるファッションに取り入れられる、アクセサリーのパーツとしては、かかせないものです。
アクセサリーパールは、日本国内にとどまらず世界の人々からも「I・PEARL」の愛称で親しまれています。
現在も日本国内のおよそ8割の事業所が和泉市に集中し、アクセサリーパールの製造が盛んに行われています。
◇歴 史◇
アクセサリーパール製造は、明治末期に光珠商がフランス製品を入手し、その研究を大阪商品陳列所に依頼しました。その結果、和泉で製造が盛んであったガラス玉に、太刀魚のウロコを塗装する方法を採用、これがアクセサリーパールの始まりといわれています。
大正時代末期には、アメリカやヨーロッパなど海外への輸出が多くなり、和泉市の重要な地場産業として定着しました。
アクセサリーパールは、核となる玉に着色塗料を塗装したものです。その核となる玉を「原玉」といいます。
原玉には種類があり、時代とともに職人たちが試行錯誤で生み出してきました。
製法発明の当初は、ガラス原玉のアクセサリーパールが製造されていました。
戦後まもなく、プラスチック原玉が開発され大量生産ができるようになりました。
1970年代、主な輸出先であったアメリカの景気が落ち込み、日本のアクセサリーパール製造も大きな影響を受け、国内の工場の多くは休業や閉鎖に追い込まれました。
それから日本国内でアクセサリーパールの製造をする事業所は少なくなりましたが、職人の技術はさらに磨かれ、養殖真珠と同じ貝核を原玉とした「貝パール」と呼ばれるアクセサリーパールも造られるようになりました。
現在は、「ガラス原玉」「プラスチック原玉」「貝パール」などそれぞれの風合いや特徴を活かし製造されています。
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